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名古屋地方裁判所一宮支部 平成元年(ワ)33号 判決

原告(反訴被告)

柴垣上二

右訴訟代理人弁護士

塩見渉

被告(反訴原告)

長崎文子

長崎以佐子

澤田敬子

長澤伸子

右四名訴訟代理人弁護士

池田伸之

池田桂子

主文

一  原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)文子に対し金三、〇九三、〇五六円、その余の被告(反訴原告)らに対し各金一、〇三一、〇一八円及びこれらに対する昭和六三年四月一五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  後記交通事故に基づく原告(反訴被告)の損害賠償義務額は、前項のとおりであることを確認する。

三  当事者双方のその余の本訴、反訴請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告(反訴被告)の負担とし、その余を被告(反訴原告)らの負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

六  但し原告(反訴被告)が被告(反訴原告)文子に対し金二〇〇万円、その余の被告(反訴原告)らに対し各金六〇万円の担保を供するときは、その被告(反訴原告)に対し右仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第一請求

(本訴)

一後記交通事故に基づく原告(反訴被告、以下、単に原告という)の損害賠償義務額は、被告(反訴原告、以下、単に被告という)文子金五五七、四二二円、その余の被告ら各金一八五、八〇七円であることを確認する。

(反訴)

一原告は、被告文子に対し金五〇〇万円、その余の被告らに対し各金二〇〇万円及びこれらに対する昭和六三年四月一五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。(仮執行宣言)

第二事案の概要

一事故

訴外亡長崎正治(昭和六三年四月一四日死亡)は、次の交通事故により傷害を受けた。

(一)  日時 昭和六二年九月四日午前九時五〇分頃

(二)  場所 江南市大字後飛保字中屋敷四二番地の一先道路上交差点

(三)  加害車 普通乗用自動車(尾張小牧五六や第三八一八号)

右運転者 原告

(四)  被害車 自転車

右運転者 亡正治

(五)  態様 出合頭に衝突

二責任原因

(一)  運行供用者責任

原告は、加害車を所有し、自己のため運行の用に供していた。

(二)  一般不法行為責任

原告は、前方左右の注視を怠った過失により右の事故を惹起した。

三内払額 二、二二六、五七〇円

(以上の事実は当事者間に争いがない。)

第三争点及びそれに対する判断

一本件の主たる争点は、損害と過失相殺であり、殊に死亡と事故との因果関係が強く争われている。そこで以下、これら争点について順次検討する。

二亡正治は、事故により腰背部打撲傷、左肘、左下腿打撲擦過傷、腎出血、外傷性ショック、第四腰椎圧迫骨折、右第八肋骨々折の傷害を受け、昭和六二年九月四日から同年一〇月二〇日入院(小原外科)、同月二一日から昭和六三年一月二〇日までほぼ毎日通院(同病院)、同月二五日からほぼ毎日往診、二日通院(近藤整形外科)各治療を受けたことを認められる(〈証拠〉、弁論の全趣旨。なお腎出血、第四腰椎圧迫骨折等の点については後記判示参照)。

三その後亡正治は、多発性骨髄腫を発症し、昭和六三年四月八日から同月一四日まで入院(昭和病院)したが、同日死亡した〈証拠〉のであり、その死因について原告は、本件交通事故と関係なく、右骨髄腫によって死亡したものであると主張し、被告らは、本件交通事故により第四腰椎圧迫骨折等の傷害を受け、それにより多発性骨髄症が発生したものであって、因果関係は明白であり、仮にそうでないとしても、亡正治が罹患していた多発性骨髄腫が右の事故による第四腰椎圧迫骨折によって病態が進行し、死期を早めたのであって、因果関係は明らかである、と主張する。

四そこで右の点を検討する。

〈証拠〉によれば、亡正治は、事故当時、既に潜在的に多発性骨髄腫を発症していたが、同症の診断はされていなかったこと、診断はされていなかったが、同症の特質として骨がもろくなっていたことが窺われ、そのため本件事故により第四腰椎圧迫骨折、右第八肋骨々折を来し、これらと併せて腎出血等腎障害を発症したため、多発性骨髄腫を悪化、その進行を早めさせ、これにより死期を早めたこと、多発性骨髄腫の場合、一般的に診断後一年半から二年強の平均的余命を認められるのが通例といわれており、それら一般例に対比し本件における事故により死期を早めた期間は、せいぜい一年程度のものと推定されていること、以上のとおり認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

五右の事実によれば、本件事故と多発性骨髄腫の発症との間の因果関係を認める余地はないが、亡正治の事故当時潜在的に有した同症を悪化、進行させ、死期を早めたことが認められ、その期間はせいぜい一年程度のものと認めることが相当である。

六右に基づき、損害額を算定すれば、左のとおり認められる。

(被告文子本人、前掲証拠)

(1)  治療費 二、〇〇二、六一〇円

(2)  看護料 一七四、七二〇円

(3)  雑費 六六、四〇五円

(4)  通院費 一二、七四〇円

(5)  休業損害 六五六、二〇八円

(以上当事者間に争いがない。)

(6)  慰謝料 五五〇万円

以上の各事情、殊に受傷内容程度、入通院治療の経過、前記死亡との因果関係の及ぶ範囲その他諸般の事情(亡正治の過失内容等事故の態様についても後記のとおり過失相殺の対象とせず、これらの事情をも斟酌することとする。)を総合すれば、亡正治の精神的、肉体的苦痛を癒すには、慰謝料として金五五〇万円とすることが相当である。

(7)  得べかりし利益の喪失 不認容

前記認定の各事情に照し、死亡に対する因果関係を認め得るとしても、潜在的な前記症状を悪化、進行せしめたものであって、得べかりし利益の喪失は、前記休業損害を以て満され、それ以上に生じたものとは認め難い。その点の被告らの主張は採用できない。

合計八、四一二、六八三円

七次に過失相殺について検討する。

〈証拠〉によれば、亡正治に前方左右の注視が不十分であったとの過失がないわけではないが、原告の前方左右注視を怠った過失がはるかに大であり、これら双方の事情は、過失相殺するよりは、慰謝料斟酌事情とすることが相当であるから、原告の右主張は採用しない。

第四相続及び結論

一右合計額から前掲内払額を控除した残額六、一八六、一一三円を、被告文子は二分の一、その余の被告らは各六分の一割合により、相続人として承継取得した(当事者間に争いがない)ので、被告文子三、〇九三、〇五六円、その余の被告ら各一、〇三一、〇一八円となる。

二そうすると、原告は、右額及びこれに対する被告らの主張の趣旨のとおりの遅延損害金を支払うべき義務を負い、原、被告らの本訴、反訴請求は右の限度で理由があるのでこれを認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行及びその免脱の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用し、よって主文のとおり判決する。

(裁判官寺本嘉弘)

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